2019.07.07 Sunday

【福岡店】 古希記念 金明植展 〜幸福な家〜開催しております

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    福岡は梅雨に入り、博多祇園山笠のシーズンとなりました。世界を股にかけ活躍する韓国出身のアーティスト金明植の新作展を、みぞえ画廊 福岡店にて開催しております。七夕飾りを画廊のエントランスにて飾っています。

     

     

     

     

     

    代表的な作品シリーズ「East Side Story」を中心に、バリエーション豊かな作品が顔を並べます。

     

    金明植氏は2000年単身ニューヨークに渡った際、コーヒーショップの窓の外を通り過ぎて行く様々な人種と、車窓から見たマッチ箱の様な家々を見て、家をモチーフとして描く「East Side Story」シリーズの制作を始めました。家は人間にとって最も安息できる場所であり、その家と様々な人種が一体化したかのような一連の作品には、そこに暮らす人々の喜び、悲しみ、そしてシリーズ名に冠された「East Side(東側)」には、常に太陽が昇る方角を希望と祈りの象徴として多様な人種が平和に暮らす世界への希望が込められています。

     

     

     

    展覧会初日は、金氏を囲んでささやかなオープニングパーティを開催しました。ソウルから来福した金氏には、数日間在廊いただきました。乾杯の挨拶の時に、実は3か月前に最愛の奥様が他界したことを告白され、「このような最中、この個展がみぞえ画廊で開催できたことを嬉しく思います」と涙ながらに語られていたのが印象的でした。

     

    パーティには金氏が日本に滞在していた時のご友人の方々、画家仲間のみなさんがお越しくださいました。最後はみなさんで「キムチ〜」と掛け声をしながら集合写真を撮影しました。

     

     

     

    パーティの翌日には、予告していたライブペインティングも開催しました。多くのお客様がお越しになり、通訳の方を通して解説を交えながら、金氏はペインティングナイフ一本で、キャンバスに向かいました。たまたま通りがかった観光客のイタリア人ご家族も珍しそうに、そして真剣に氏のライブペインティングをご覧になっていました。

     

     

     

    そして1時間もしない間に…、月夜の下2つの家が並ぶ絵が描き上がりました。この光景は”夫婦”をイメージしているそうです。そしてなんと、完成した作品はその場にいたお客様に抽選でサプライズプレゼントすることになりました!紙くじを引いて、一斉に開いて…1人の女性に大当たり♪「夫婦の絵なんて感慨深い、帰ったらすぐ主人に見せたいです」と大変喜ばれた姿が印象的です。

     

     

    古希を迎える氏の記念となる本展では、アメリカ、日本、韓国、3つの時代を回想し制作した新作40点を展示しております。

     

    2019.06.03 Monday

    【福岡店】 ―没後80年―野田英夫展を開催しております

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      福岡ではそろそろ梅雨の気配を感じます。新緑も美しくお散歩がてら美術鑑賞はいかがでしょうか。

      みぞえ画廊 福岡店では「―没後80年―野田英夫展」を開催しております。

       

       


      野田英夫については、当ブログでも数回に渡りご紹介しています。1930年代の経済恐慌に見舞われたアメリカの、都会で生きる庶民の生活に目を向け、その哀歓を優しく見つめる画風を展開。アメリカのサンタクララで生を受け、その30年という短い生涯を駆け抜けた夭折の画家でした。今年は没後80年という節目ということで、福岡店にて「野田英夫展」を開催する運びとなりました。

       

      これまでの野田英夫に関する投稿はこちらをご参照ください。


      取扱作家から毎週一作家1点ご紹介。 第11回は、野田英夫(1908年〜1939年)
      東京店にて10月6日から − 生誕110年 − 野田英夫展 がスタートします。

       

       

       

       

      通り雨(ウッドストック ニューヨーク)

      1932年 油彩 51 x 61cm

       

       

      『ストリート・ガール』

      水彩 21.1x16.6cm 1936年

       

       

      『授業風景』

      ペン画 35.7 x 26.2cm 1936年

       

       

       

      野田英夫

      『ミルバレー草上にて』

      水彩 16.7 x 26.2cm  1937年

       

      素描を中心に展示してある作品の中から、一点ご紹介させていただきます。
      1932年に、2歳年下のアメリカ人女性ルース・ケルツと運命的に出会い、24歳の時に電撃結婚をした英夫。結婚後は単身サンフランシスコに住んでおり、これはその時に書いた愛妻ルースにあてたデッサン付きの手紙です。以下は全文訳です。

       

      「今日は、ハイキングをしたミルバレーの風景と私自身の印象を思い浮かべて描いてみました。私はやわらかくやさしい新緑の草原に寝転んでいます。遠くには、サンフランシスコ湾と、最近新しくかけられた橋がみえています。もう約1時間あまり私はそこにいます。私はどこへゆくのも1人です。そして、いつも貴方の事を考えています。たくさんの花を摘み、あの丘の美しい空色の花々の中ですごしたサウサリートでのひと時を思い出します。
      私は1頭の白馬と、あたたかそうな灰色の長い毛をしたラバに会いました。両方ともはじめはあまり友好的ではなく、おい、こっちへ来て一緒に遊ぼうといっても、とても用心深そうにしていました。そこで私は、草をつんで彼らと仲良くなろうと思いました。ようやく馬とラバはやってきて、私のつんだ草を食べました。 
      私は空と草が大好きです。大きな伸びをしてみると、本当に気持ちの良いものです。貴女が私のそばにいないのだという事をのぞけば、全ては、素晴らしい。貴女がそばにいてくれたらと心から思います。貴女に、私の心からの愛とキスをおくります。どうか、あまり悲しまずにいてください。友達と会い、たくさんの本を読んでください。
      今日は散歩に出かけましたか?私は1人ですが、とても幸福で満足しています。私が今穏やかな気持ちでいられるのは、貴女が私のことを思い、愛してくれるのを知っているからです。私は貴方に、以前にもまして愛をおぼえます。今まで私たちのした全ての言いあらそいを忘れます。あれは、ただ、単調な生活をこわそうとするゲームのようなものです。私もほんとうに頑固で、我ままだったことも多くあります。しかし、許して下さい。そして愛して下さい。私にはたくさんの貴女の愛が必要だからです。愛の中にいるということは、本当に素晴らしく楽しいことです。何も苦悶したりする問題はありません。私は全ての困難を打ち負かすことができます。いままでのいつの時にもまして、私は力を感じます。それは、貴女がいつも私と一緒にいてくれるからです。貴女の最愛の夫 英夫」
      (参考文献:窪島誠一郎(1985)「野田英夫スケッチブック」彌生書房)


      左上に描かれた愁いを帯びた表情の女性像はおそらくルース、真ん中にぽつんを佇む姿は英夫自身と思われます。とてもロマンチックで英夫から妻への愛情があふれるような一枚だと思いませんか。相思相愛のような二人ですが、英夫はしばしば妻のもとから離れてひとり創作に打ち込むような時期があったようです。それは英夫自身が、アメリカ人女性の妻と日系二世である自分の間にうずめきれない精神的な溝のようなものを感じていて、絵を描くことでその心の影を感じないようにしていたのかもしれません。妻ルースは、英夫の最期を看取る前に日本からアメリカへ帰っており、ビザの関係でそうせざるを得なかった、または日本語が話せないルースを気遣って周りが帰ることを勧めたとも言われています。

       

       


      画廊の2階では、国内外問わず英夫と関連があった作家たちの作品を展示しております。同じ新制作派協会だった猪熊弦一郎、脇田和やカルフォルニア美術学校時代からの友人である寺田竹雄、その寺田と制作した西銀座のコットン・バーの壁画を大絶賛したという藤田嗣治、熊本の同郷である牛島憲之などを展示中です。

       

      英夫がニューヨークのマディソン街にいたころは、以前にも増して数多くの展覧会のために画廊や美術館をまわって歩いたようで、ピカソ、ゴッホ、エルンスト、ダリなど英夫が美術雑誌に感想を寄稿している展覧会の作家たちも同じ2階に展示をしております。


      野田英夫展は6月9日(日)までとなります。この機会にぜひお越しください。

       


      のだ ひでお/1908年カリフォルニア州サンタクララに生まれる。'11年郷里熊本の叔父の家に預けられる。'26年熊本県立中学卒業後単身渡米。'29年カリフォルニア・ファイン・アーツ入学。'31年ディエゴ・リベラに出会う。ニューヨークのウッドストック芸術村に転居。 '34年ホイットニー美術館に《街頭風景》が収蔵される。'37年パリ・ローマなどを歴訪し日本に帰国。'38年田園調布の猪熊弦一郎留守宅に転居。長野県野尻湖畔滞在中に発病し入院。'39年脳腫瘍により逝去。

      2019.05.26 Sunday

      【東京店】取扱作家から毎週一作家1点ずつご紹介。 第21回は、児島善三郎(1893年 明治26年 〜 1962年 昭和37年)

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        JUGEMテーマ:美術鑑賞

         

        【東京店】取扱作家から毎週一作家1点ずつご紹介。

        21回は、児島善三郎1893 明治26 1962 昭和37年)

        みぞえ画廊のコンセプト:「流行や時代に左右されない、上質な作品、作家を提供」をもとにセレクトされた取扱作家から毎週一作家、1点ご紹介します。

         

        「田園早春」油彩F4号 1960年頃

         

        明治4519歳で長崎医学専門学校薬学科に入学しますが、画家を志して中退。大正2年、父親の反対を押し切って上京します。美術学校の受験に失敗し、結核を罹患して帰福。5年間の療養の後、家督を弟に譲って再度上京します。病気をしたことで、何が一番大切かを教えられた一方、居宅近辺、自宅の庭、アトリエの人物、静物などのモチーフが多いことは、病弱な体質であったことと無関係ではありませんでした。

         

        児島善三郎の作品はアトリエの場所によって、板橋、代々木、国分寺、荻窪、そして滞欧時代などと分かれています。風景画は戸外にイーゼルを立てて写生を基本としました。大胆な筆づかいは、田園の空気にひたりながらひたすら形を崩して描写的要素を溶かし、その空気の実感を掴み取ろうとしました。

         

        アトリエで描かれた花の絵は、驚くほどくっきりとしています。数日でしぼんでしまう弱い花を、赤、黄、白と力強く明快な色づかいで描いています。鋏で切って思い切りよく花瓶に挿し、形を作り上げた勢いが感じられます。

         

        50代後半、「油彩画は西洋から日本へ移植されたものだが、もうそろそろ日本人の感性にしたがって個性を出すべきである。日本的創造精神によって日本人らしい油彩画をつくりあげればそれが世界的になり、日本の油彩画として独立し、国際的に外国へ働きかけることも不可能ではない。」と語り、世界的視野で創造すべきだと唱えました。

         

        19612月、再び渡欧を決意しますが持病の徹底的治療のため稲毛の額田病院に入院。入院に際して描きかけの旧作100点近くを庭先で焼却したと次男徹郎氏は語っています。翌年3月肝臓がんで死去、69歳。「田園早春」は晩年荻窪時代の貴重な作品で、現在東京店に展示中です。

        ぜひご高覧賜りたくご案内申し上げます。

        https://mizoe-gallery.com/products/list?category_id=101

        2019.05.12 Sunday

        【福岡店】 西洋名画コレクション展は会期を5月15日(水)まで延長いたしました

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          ゴールデンウィークは、みなさまいかがお過ごしでしたか?

          みぞえ画廊 福岡店ではただ今「西洋名画コレクション展」を開催中です。西洋美術の巨匠による選りすぐりの名画を一挙に展示しております。

           

          西洋名画コレクション展

           

           

          まず、黒壁で展示している作品は、今回の展覧会にて福岡店では初公開のコレクションとなります。ブログではその3作品を主にご紹介させていただきます。
           

           

          西洋名画コレクション展

           

          クロード・モネ (1840-1926)
          『ジヴェルニー風景』
          油彩 66x81.6 cm 1886 年

           

          青々とした緑と木々が生い茂るこのジヴェルニーの風景は、チューリップシーズン中にモネがオランダへの短期旅行から戻った後の、晩春または夏に描かれたようです。丁寧に構成されたパッチワーク風の異なる形や色、質感が見てとれますが、その描写は光のあたる部分により緻密に施されているのがおわかりでしょうか。モネはのちの妻となるアリス・ホシェテと8人の子供を連れて、1883年から住んでいた自宅から歩いて数分の小さな町、ジヴェルニーの東の丘の中腹にイーゼルを置いてこの風景を描きました。自然をいとおしみ、自分の持つ感性を表現し続けたモネは「私はまだ印象派だ、そしてそうあり続ける。」と言葉を残しています。本作品は1977年から2018年までニューオリンズ美術館に寄託された経緯もあります。

           

           

          西洋名画コレクション展

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          モーリス・ユトリロ (1833-1955)

          『シュヴァリエ・デ・ラ・バール通り、モンマルトル』

          板に油彩 74.3×51.8cm 1917-18年頃 

           

          ユトリロは生まれ育ったモンマルトルを中心に、繰り返し哀愁を帯びたパリの街角の風景を描きました。シュヴァリエ・デ・ラ・バール通りとは、サクレ=クール寺院へ続く道のことです。円形ドームを載せたサクレ=クール寺院は、普仏戦争での敗北を契機に計画されて、1910年に完成し、以後モンマルトルの象徴として親しまれています。このシュヴァリエ・デ・ラ・バール通りを行く人々は、漆喰が幾層にも塗りこめられた白い建物のあいだを抜け、礼拝のためにモンマルトルの丘を登って行きます。ゆるやかな道を中心に、街路が広がる奥行きのある構図は、ユトリロのもっとも得意としたもので、本作ではその構図が見事な調和を感じ取れます。

           

          ユトリロは印象派の画家が屋外に出て行ったのとは対照的に、独りアトリエに閉じこもり、パリの街並を撮影した絵はがきをもとに、同じ構図の作品を何枚も制作したといわれています。本作品は、1907—13年の「白の時代」から1913年以降の「色彩の時代」へ移行後に描かれており、ユトリロが傑作を最も多く生み出した1910年代の典型的な名品のひとつといえるでしょう。

           

           

           

          マルク・シャガール (1887-1985)

          『ラ・バスティーユ、習作』

          紙に油彩、ガッシュ 51.1 x 65.7 cm 1954年

           

          マルク・シャガールは帝政ロシア時代のヴィテプスク(現ベラルーシ共和国)のユダヤ系家庭に生まれました。1944年、亡命先のアメリカで愛妻ベラを喪った後、パリに戻って67歳の時に描いた『ラ・バスティーユ』。ベラの死から10年の月日が経っていました。故郷ヴィテブスクを象徴する赤い牛の胴体部分にパリのバスティーユ広場の風景が描かれ、全体はシャガールの青で包まれています。愛と情熱の赤い風景に浮遊する恋人たちや、恋人に捧げる花束も描かれています。これらは、シャガールの作品に登場する最も代表的なモチーフの数々で、シャガールの一つの時代の要素を完璧に収めています。版画制作のために描いた習作と思われ、同じ構図の版画作品が存在します。

           

          展覧会では4点のシャガール作品を特集しており、彼の半生を象徴する各時代の名画をご覧いただけます。

           

           

          西洋名画コレクション展

           

           

          「西洋名画コレクション展」はご好評につき、会期を延長し5月15日(水)まで開催する運びとなりました。巨匠の作品一点一点を間近にじっくりとご覧いただけます。ガーデンには色とりどりの花が咲き、初夏の日差しを浴びて一番美しい頃合いです。この機会にぜひ、みなさまのご来廊をお待ちしております。

           

           

          西洋名画コレクション展

          2019.05.07 Tuesday

          【東京店】取扱作家から毎週一作家1点ずつご紹介。 第20回は、梅原龍三郎(1888年〜1986年)

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            JUGEMテーマ:美術鑑賞

            【東京店】取扱作家から毎週一作家1点ずつご紹介。 20回は、梅原龍三郎1888年〜1986年)

            みぞえ画廊のコンセプト:「流行や時代に左右されない、上質な作品、作家を提供」をもとに取扱作家から毎週一作家、1点ご紹介します。

             

              『裸婦図』 1977年 油彩20.4x32.2cm

             

            梅原龍三郎が生まれたのは、日本における西洋風美術いわゆる洋画が手探りの段階からようやく本格的な段階に入った時期です。尋常小学校に入学した頃、黒田清輝や久米桂一郎が天真道場を開き、高等小学校に入学した頃、岡倉天心が日本美術院を創設。中学に入学した頃はパリ万博が開かれて黒田や久米が渡欧。こうした時代の流れの中で、梅原は洋画家としての一歩を踏み出しました。病気で中学校を中途退学した15才の梅原は伊藤快彦に洋画の手ほどきを受け始めます。

            梅原家は京都で30人もの使用人を抱えた悉皆(しっかい)屋(染め物などの注文を取り、専門店に取り次ぐ)日々白生地の図案、染色、刺繍などの職人の仕事や、光琳、宗達といった知識を幼いころから耳にし、日常生活の中で、日本の伝統的で洗練された美的感覚を身につけていったことがうかがわれます。

             

            満20歳を迎えた梅原は、同門でライバルでもあった安井曽太郎が渡仏したのを追うように1908年(明治41年)フランスへ旅立ちます。第一次滞欧期の最も重要な出来事は、ルノワールとポンペイ壁画との出会いです。1908年パリに着いた翌日、初めてルノワールの絵を観て、「ここに来た価値があった!」と梅原は心の中で叫びます。半年後、ルノワールを訪ねると、「自然をよく観なさい。君は色彩を持つ。それが備わっているのがいい」と褒められました。

            第二次滞欧期、梅原に最も影響を与えたのはギメ美術館で東洋美術に接したことと、ナポリを訪れたことでした。東洋美術への関心はその後、菱川師宣などが浮世絵を参照した裸婦像の制作へと発展していきます。

            1935年(昭和10年)頃には、モデルのフォルムと量感を捉えながら、奔放に色彩を駆使し、生命感溢れる梅原様式とよばれる独特の裸婦像を確立しました。

             

            パリ、イタリア、ニューヨークなどへ度々旅行をし、1976年88歳の時、パリでモデルを雇って制作し、翌1977年にも渡仏します。本作「裸婦像」はその年に描かれました。体力の衰えはありましたが、晩年はアトリエで制作可能な静物画や裸婦、新しいモチーフとして身近な人々の肖像画を描きました。

            長命を保ち、一貫して優れた画業を創造し続け、日本近代洋画界に大きな足跡を残した梅原は、「葬式無用 弔問供物 固辞する事 梅原龍三郎 生者は死者の為に煩わさるべからず」という遺言状を残し、多磨霊園で永遠の眠りについています。

            東京展にて現在開催中の《日本近代名画展》にて梅原龍三郎『裸婦図』を是非ご覧いただきたく、ご案内申し上げます。https://mizoe-gallery.com/products/detail/862

            2019.05.05 Sunday

            【東京店】日本近代名画展 時代を超えた名品の数々をご紹介(その3) 5月19日(日)まで無休で開催中。

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              JUGEMテーマ:展覧会

               

              今回の日本近代名画展は、ミニ特集がふたつ。鴨居玲と熊谷守一となっています。みぞえ画廊では、鴨居玲の油彩作品の在庫が現在、もっとも充実しており、7点あります。そのうちの3点を展示。

               


              鴨居玲 1928年 石川県金沢市生まれ  1985年  神戸市の自宅で排ガスにより自殺。享年57。2015年5月東京ステーションギャラリーを皮切りに4か所の美術館で「鴨居玲展 踊り候(そうら)え」が開催されました。57歳で急逝してから没後30年、「初期から安井賞受賞まで」「スペイン・パリ時代」「神戸時代〜終焉」の3期に分けられ100点近い作品群、厳粛で圧倒的な雰囲気に包まれた展覧会でした。「手にデッサンのタコが出来ていないのは画家ではない」というのが鴨居の姿勢でした。自分の興味のある瞬間を画面に留める、徹底的にデッサンすることをパリでもスペインでも欠かしませんでした。おばあさん、酔っぱらいのおじいさん、道化師をたびたび描き、生と死、老い、孤独、愛といった人間の普遍的テーマを画題として描き続けました。「朝、アトリエに入って昨日描いた絵と向き合うのが怖い」と鴨居は語り、夜、何物かに取り憑かれて筆を進め、翌日冷静な目で向き合い、思い悩む。美に酔い痴れ身を削って描き続けた鴨居の自死は1985年9月7日の早朝だったそうです。代表作『静止した刻』1968年 東京国立近代美術館、『1982私』 1982年 石川県立美術館など。YM

               

              麻生三郎、福井良之助、平野遼、香月 泰男、糸園和三郎

               猪熊弦一郎、須田剋太

               

              児島善三郎、坂本繁二郎、熊谷守一 油彩2点、梅原龍三郎

               

               野田英夫

               

              2019.04.30 Tuesday

              【東京店】日本近代名画展 時代を超えた名品の数々をご紹介(その2) 5月19日(日)まで開催中。

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                JUGEMテーマ:展覧会

                当画廊の裏千家茶室に 熊谷守一の人気モチーフである『猫』 を展示中。人気の猫の油彩画は、なかなか美術市場にも出てこない名品ですが、この墨絵の猫も貴重な逸品です。

                 

                 

                 

                熊谷守一 1880(明治13)年岐阜県生まれ。1977(昭和52)年東京で没。享年97歳。熊谷守一は、明るい色彩と単純化されたかたちの作風で知られ、晩年は花や虫や鳥など身近なものを描き多くの作品を残した。都内の自宅の小さな庭で虫や花などを観察して描き続け、「画壇の仙人」とも呼ばれた。97年の長い人生において、作風の変化はもちろん、貧困や家族の死などさまざまなことがあったが、熊谷はひたすらに生き、そして描き続けた。代表作『蝋燭』 1909年(明治42年)岐阜県美術館蔵。『猫』 1963年(昭和38年)愛知県美術館蔵など。2017年末から東京国立近代美術館を皮切りに没後40年 熊谷守一展 生きるよろこび が開催され人気を博す。また、2018年には映画「モリのいる場所」が公開され話題となる。豊島区の住居跡地は現在二女、熊谷榧氏が館長を務める豊島区立熊谷守一美術館となっている。YM

                2019.04.29 Monday

                【東京店】日本近代名画展 時代を超えた名品の数々をご紹介(その1) 5月19日(日)まで開催中。

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                  JUGEMテーマ:展覧会

                   

                  東京店では、日本近代名画展を5月19日(日)まで開催中です。本展は、みぞえ画廊のコンセプト「時代や流行に左右されない上質な作品、作家をご提供」 をまさに表現するような展覧会となっています。時代を超えた名品の数々をご高覧ください。何回かに分けて、その一部をスタッフブログにてご紹介いたします。本年からゴールデンウィークもすべて営業しており、5月19日までの会期中無休となります。ご来廊を心よりお待ちしております。

                   

                   正面玄関を入ると、中川一政の作品『向日葵』がお出迎え。

                  中川一政 1893(明治26)年 東京、本郷で生まれ。1991(平成3)年 湯河原にて心肺不全のため永眠。享年97歳。洋画家,詩人,随筆家。武者小路実篤,志賀直哉など白樺派の作家たちや岸田劉生らと交流、一時期その影響を強く受けた。 挿絵にもすぐれたものが多い。 75年文化勲章受章。主要作品『板橋風景』 (1919,東京国立近代美術館)。

                   

                   林武 『薔薇』 

                  林武 1896年(明治29年)東京生まれ。1975年(昭和50年)東京で没。享年78歳。1934年、渡欧。パリを制作の拠点とし、ヨーロッパ各地を旅行する。1935年、帰国。マティスやドランなどフォーヴィスムの影響を受けた裸婦像を多く描く。簡潔な構図と力強いマティエールの女性像『梳る女』 (49,大原美術館)は戦後の代表作。1952〜63年には東京芸術大学教授として後進を指導する。晩年は、原色の肉体を持つ女性像、富士山、薔薇などを激しい色彩と強烈な筆致で描いた。主要作品『裸婦』 (1930,兵庫県立近代美術館) ,『婦人像』 (58,東京国立近代美術館) 。YM

                   

                   

                   

                   

                  2019.04.27 Saturday

                  【東京店】取扱作家から毎週一作家1点ずつご紹介。 第19回は、織田廣喜(1914年〜2012年)

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                    【東京店】取扱作家から毎週一作家1点ずつご紹介。第19回は、織田廣喜(1914年〜2012年)

                    みぞえ画廊のコンセプト:「流行や時代に左右されない、上質な作品、作家を提供」をもとに取扱作家から毎週一作家、1点ご紹介します。

                    第19回は、織田廣喜(1914年〜2012年)

                     

                     『ベネチア人形売りの風景』 F8 1962

                     

                    1914年(大正3年) 福岡県嘉穂町に生まれ、小学校の頃から絵本代わりに本棚の美術書を眺めて、模写のようなことをはじめています。1932年(昭和7年)18歳で画家になろうと決意して上京。翌年、日本美術学校絵画科に入学し、藤田嗣治、林武などの指導を受け20歳で卒業しました。

                    1951年(昭和26年)二科展に出品していた萬宮リラと結婚。天真爛漫なリラ夫人を描くことが創作の原点にあり、リラに寄り添い、支えられ、リラと共に生きた生涯でした。

                    1960年(昭和35年)3月、神戸から単身フランス行きの船に乗り、シンガポール、カルカッタなどを通る35日間の船旅を経て、友人に紹介されたパリ・モンパルナスの市場近く、ゲダール長屋に住みます。屋根裏のような1室で共同風呂の質素な生活でした。シャンゼリゼの女性たちを描いてパリの画商に売り込み、東京に送った作品はリラ夫人が画商に買ってもらいパリに送金するという生活で、3ケ月の予定が1年3ケ月の滞在になりました。

                     

                    2度目の渡仏は1962年、リラ夫人、長男廣比古と共に9ケ月間におよび、『ベネチア人形売りの風景』は、その間スペインとイタリアに各1か月間、取材旅行して描いた作品です。

                     

                    二科展で発表を続け、パリでも日本でも画商が付きはじめて、1966年以降は毎年のようにヨーロッパに出かけました。

                    「町を歩き、描きたい、と直感したときに描きます。ただ、自然、風景を見つめました」と語った織田廣喜は、長年パリを愛しました。詩情豊かな街角、カフェで、輪郭線が定かではない幻想的な風景の中に、華やかな街とはうらはらに哀愁漂う女性、幸せな寂しさを湛えた女性を独特の筆致で描きました。

                     

                    みぞえ画廊は『ベネチア人形売りの風景』をはじめとして、30点ほどの織田廣喜油彩作品を在庫しております。

                    東京店にて開催中の日本近代名画展に織田作品を出品・展示しております。5月19日までになりますので、

                    ぜひ、お立ち寄りくださいませ。

                     

                    https://mizoe-gallery.com/products/list?category_id=226&pageno=1

                    2019.03.28 Thursday

                    【東京店】上 川  伸 展 −かたちとエッセイ− 3月31日(日)最終日となります。

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                      JUGEMテーマ:展覧会

                        −かたちとエッセイ− 3月31日(日)最終日となります。

                       

                      上川伸先生は1958年(昭和33年)福岡県直方市に生まれました。

                      武蔵野美術大学造形学部油絵学科を卒業し、故郷で美術教師となります。

                      26歳で出品した「九州青年美術展」で大賞・文部大臣奨励賞を受賞、順調に滑り出したかにみえましたが「その後スランプに…」と上川先生は話されました。「第42回行動展」「第1回谷尾美術館大賞展」で奨励賞、「第5回青木繁記念大賞公募展」で優秀賞など受賞を重ねて、1997年(平成9年)「第40回安井賞展」で佳作賞を受賞したことで、筑豊という自身の原風景を見直し、何年も模索を続けていた上川先生の中で、何かが変わっていく転機となりました。

                       

                        「感受」S100号         「流布」P80

                       

                       

                      そそり立つ想像上の巨大な建造物、堅牢に描かれた土色の壁、上川先生の記憶にあったかつての筑豊の風景、イメージと相まって、「ことば」が「かたち」として湧き出し構築されていきます。

                       

                            「自由への階段」P20

                       

                      花崗岩でできた丸みを帯びた石段、頂上の多賀神社ではお祭りをしていた、という懐かしい記憶。子供の頃にはとても大きな石の階段にみえて登って遊んでいた、空へ続くような「自由への階段」

                       

                          

                      「萌芽」F4号                        「SHELLF10

                       

                      私たちは、一方的に発信される情報を享受しているが鵜呑みにしてはいけないという「萌芽」。人はだんだんと殻を身につけ大きくなったように見えるがふと足元を見ると、細い足であることに変わりはない。初心を忘れないように、という「SHELL」。共に教訓を含んでいます。

                       

                         

                      こどもの頃テレビで観て憧れたカラフルなマグカップ、デヴィッド・ボウイに耳を傾けた記憶、野菜や果物に内包されたものへの興味は、―エッセイ―として描かれました。

                       

                      上川伸展 −かたちとエッセイ― は3月31日(日)まで開催しています。

                      https://mizoe-gallery.com/products/list?category_id=183

                       

                      三寒四温の隙を縫って春が近づき、庭の桜も咲きはじめました!みぞえ画廊 田園調布店へどうぞお出かけください。KY

                       

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