2019.05.12 Sunday

【福岡店】 西洋名画コレクション展は会期を5月15日(水)まで延長いたしました

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    ゴールデンウィークは、みなさまいかがお過ごしでしたか?

    みぞえ画廊 福岡店ではただ今「西洋名画コレクション展」を開催中です。西洋美術の巨匠による選りすぐりの名画を一挙に展示しております。

     

    西洋名画コレクション展

     

     

    まず、黒壁で展示している作品は、今回の展覧会にて福岡店では初公開のコレクションとなります。ブログではその3作品を主にご紹介させていただきます。
     

     

    西洋名画コレクション展

     

    クロード・モネ (1840-1926)
    『ジヴェルニー風景』
    油彩 66x81.6 cm 1886 年

     

    青々とした緑と木々が生い茂るこのジヴェルニーの風景は、チューリップシーズン中にモネがオランダへの短期旅行から戻った後の、晩春または夏に描かれたようです。丁寧に構成されたパッチワーク風の異なる形や色、質感が見てとれますが、その描写は光のあたる部分により緻密に施されているのがおわかりでしょうか。モネはのちの妻となるアリス・ホシェテと8人の子供を連れて、1883年から住んでいた自宅から歩いて数分の小さな町、ジヴェルニーの東の丘の中腹にイーゼルを置いてこの風景を描きました。自然をいとおしみ、自分の持つ感性を表現し続けたモネは「私はまだ印象派だ、そしてそうあり続ける。」と言葉を残しています。本作品は1977年から2018年までニューオリンズ美術館に寄託された経緯もあります。

     

     

    西洋名画コレクション展

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    モーリス・ユトリロ (1833-1955)

    『シュヴァリエ・デ・ラ・バール通り、モンマルトル』

    板に油彩 74.3×51.8cm 1917-18年頃 

     

    ユトリロは生まれ育ったモンマルトルを中心に、繰り返し哀愁を帯びたパリの街角の風景を描きました。シュヴァリエ・デ・ラ・バール通りとは、サクレ=クール寺院へ続く道のことです。円形ドームを載せたサクレ=クール寺院は、普仏戦争での敗北を契機に計画されて、1910年に完成し、以後モンマルトルの象徴として親しまれています。このシュヴァリエ・デ・ラ・バール通りを行く人々は、漆喰が幾層にも塗りこめられた白い建物のあいだを抜け、礼拝のためにモンマルトルの丘を登って行きます。ゆるやかな道を中心に、街路が広がる奥行きのある構図は、ユトリロのもっとも得意としたもので、本作ではその構図が見事な調和を感じ取れます。

     

    ユトリロは印象派の画家が屋外に出て行ったのとは対照的に、独りアトリエに閉じこもり、パリの街並を撮影した絵はがきをもとに、同じ構図の作品を何枚も制作したといわれています。本作品は、1907—13年の「白の時代」から1913年以降の「色彩の時代」へ移行後に描かれており、ユトリロが傑作を最も多く生み出した1910年代の典型的な名品のひとつといえるでしょう。

     

     

     

    マルク・シャガール (1887-1985)

    『ラ・バスティーユ、習作』

    紙に油彩、ガッシュ 51.1 x 65.7 cm 1954年

     

    マルク・シャガールは帝政ロシア時代のヴィテプスク(現ベラルーシ共和国)のユダヤ系家庭に生まれました。1944年、亡命先のアメリカで愛妻ベラを喪った後、パリに戻って67歳の時に描いた『ラ・バスティーユ』。ベラの死から10年の月日が経っていました。故郷ヴィテブスクを象徴する赤い牛の胴体部分にパリのバスティーユ広場の風景が描かれ、全体はシャガールの青で包まれています。愛と情熱の赤い風景に浮遊する恋人たちや、恋人に捧げる花束も描かれています。これらは、シャガールの作品に登場する最も代表的なモチーフの数々で、シャガールの一つの時代の要素を完璧に収めています。版画制作のために描いた習作と思われ、同じ構図の版画作品が存在します。

     

    展覧会では4点のシャガール作品を特集しており、彼の半生を象徴する各時代の名画をご覧いただけます。

     

     

    西洋名画コレクション展

     

     

    「西洋名画コレクション展」はご好評につき、会期を延長し5月15日(水)まで開催する運びとなりました。巨匠の作品一点一点を間近にじっくりとご覧いただけます。ガーデンには色とりどりの花が咲き、初夏の日差しを浴びて一番美しい頃合いです。この機会にぜひ、みなさまのご来廊をお待ちしております。

     

     

    西洋名画コレクション展

    2019.05.07 Tuesday

    【東京店】取扱作家から毎週一作家1点ずつご紹介。 第20回は、梅原龍三郎(1888年〜1986年)

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      JUGEMテーマ:美術鑑賞

      【東京店】取扱作家から毎週一作家1点ずつご紹介。 20回は、梅原龍三郎1888年〜1986年)

      みぞえ画廊のコンセプト:「流行や時代に左右されない、上質な作品、作家を提供」をもとに取扱作家から毎週一作家、1点ご紹介します。

       

        『裸婦図』 1977年 油彩20.4x32.2cm

       

      梅原龍三郎が生まれたのは、日本における西洋風美術いわゆる洋画が手探りの段階からようやく本格的な段階に入った時期です。尋常小学校に入学した頃、黒田清輝や久米桂一郎が天真道場を開き、高等小学校に入学した頃、岡倉天心が日本美術院を創設。中学に入学した頃はパリ万博が開かれて黒田や久米が渡欧。こうした時代の流れの中で、梅原は洋画家としての一歩を踏み出しました。病気で中学校を中途退学した15才の梅原は伊藤快彦に洋画の手ほどきを受け始めます。

      梅原家は京都で30人もの使用人を抱えた悉皆(しっかい)屋(染め物などの注文を取り、専門店に取り次ぐ)日々白生地の図案、染色、刺繍などの職人の仕事や、光琳、宗達といった知識を幼いころから耳にし、日常生活の中で、日本の伝統的で洗練された美的感覚を身につけていったことがうかがわれます。

       

      満20歳を迎えた梅原は、同門でライバルでもあった安井曽太郎が渡仏したのを追うように1908年(明治41年)フランスへ旅立ちます。第一次滞欧期の最も重要な出来事は、ルノワールとポンペイ壁画との出会いです。1908年パリに着いた翌日、初めてルノワールの絵を観て、「ここに来た価値があった!」と梅原は心の中で叫びます。半年後、ルノワールを訪ねると、「自然をよく観なさい。君は色彩を持つ。それが備わっているのがいい」と褒められました。

      第二次滞欧期、梅原に最も影響を与えたのはギメ美術館で東洋美術に接したことと、ナポリを訪れたことでした。東洋美術への関心はその後、菱川師宣などが浮世絵を参照した裸婦像の制作へと発展していきます。

      1935年(昭和10年)頃には、モデルのフォルムと量感を捉えながら、奔放に色彩を駆使し、生命感溢れる梅原様式とよばれる独特の裸婦像を確立しました。

       

      パリ、イタリア、ニューヨークなどへ度々旅行をし、1976年88歳の時、パリでモデルを雇って制作し、翌1977年にも渡仏します。本作「裸婦像」はその年に描かれました。体力の衰えはありましたが、晩年はアトリエで制作可能な静物画や裸婦、新しいモチーフとして身近な人々の肖像画を描きました。

      長命を保ち、一貫して優れた画業を創造し続け、日本近代洋画界に大きな足跡を残した梅原は、「葬式無用 弔問供物 固辞する事 梅原龍三郎 生者は死者の為に煩わさるべからず」という遺言状を残し、多磨霊園で永遠の眠りについています。

      東京展にて現在開催中の《日本近代名画展》にて梅原龍三郎『裸婦図』を是非ご覧いただきたく、ご案内申し上げます。https://mizoe-gallery.com/products/detail/862

      2019.05.05 Sunday

      【東京店】日本近代名画展 時代を超えた名品の数々をご紹介(その3) 5月19日(日)まで無休で開催中。

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        JUGEMテーマ:展覧会

         

        今回の日本近代名画展は、ミニ特集がふたつ。鴨居玲と熊谷守一となっています。みぞえ画廊では、鴨居玲の油彩作品の在庫が現在、もっとも充実しており、7点あります。そのうちの3点を展示。

         


        鴨居玲 1928年 石川県金沢市生まれ  1985年  神戸市の自宅で排ガスにより自殺。享年57。2015年5月東京ステーションギャラリーを皮切りに4か所の美術館で「鴨居玲展 踊り候(そうら)え」が開催されました。57歳で急逝してから没後30年、「初期から安井賞受賞まで」「スペイン・パリ時代」「神戸時代〜終焉」の3期に分けられ100点近い作品群、厳粛で圧倒的な雰囲気に包まれた展覧会でした。「手にデッサンのタコが出来ていないのは画家ではない」というのが鴨居の姿勢でした。自分の興味のある瞬間を画面に留める、徹底的にデッサンすることをパリでもスペインでも欠かしませんでした。おばあさん、酔っぱらいのおじいさん、道化師をたびたび描き、生と死、老い、孤独、愛といった人間の普遍的テーマを画題として描き続けました。「朝、アトリエに入って昨日描いた絵と向き合うのが怖い」と鴨居は語り、夜、何物かに取り憑かれて筆を進め、翌日冷静な目で向き合い、思い悩む。美に酔い痴れ身を削って描き続けた鴨居の自死は1985年9月7日の早朝だったそうです。代表作『静止した刻』1968年 東京国立近代美術館、『1982私』 1982年 石川県立美術館など。YM

         

        麻生三郎、福井良之助、平野遼、香月 泰男、糸園和三郎

         猪熊弦一郎、須田剋太

         

        児島善三郎、坂本繁二郎、熊谷守一 油彩2点、梅原龍三郎

         

         野田英夫

         

        2019.04.30 Tuesday

        【東京店】日本近代名画展 時代を超えた名品の数々をご紹介(その2) 5月19日(日)まで開催中。

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          JUGEMテーマ:展覧会

          当画廊の裏千家茶室に 熊谷守一の人気モチーフである『猫』 を展示中。人気の猫の油彩画は、なかなか美術市場にも出てこない名品ですが、この墨絵の猫も貴重な逸品です。

           

           

           

          熊谷守一 1880(明治13)年岐阜県生まれ。1977(昭和52)年東京で没。享年97歳。熊谷守一は、明るい色彩と単純化されたかたちの作風で知られ、晩年は花や虫や鳥など身近なものを描き多くの作品を残した。都内の自宅の小さな庭で虫や花などを観察して描き続け、「画壇の仙人」とも呼ばれた。97年の長い人生において、作風の変化はもちろん、貧困や家族の死などさまざまなことがあったが、熊谷はひたすらに生き、そして描き続けた。代表作『蝋燭』 1909年(明治42年)岐阜県美術館蔵。『猫』 1963年(昭和38年)愛知県美術館蔵など。2017年末から東京国立近代美術館を皮切りに没後40年 熊谷守一展 生きるよろこび が開催され人気を博す。また、2018年には映画「モリのいる場所」が公開され話題となる。豊島区の住居跡地は現在二女、熊谷榧氏が館長を務める豊島区立熊谷守一美術館となっている。YM

          2019.04.29 Monday

          【東京店】日本近代名画展 時代を超えた名品の数々をご紹介(その1) 5月19日(日)まで開催中。

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            JUGEMテーマ:展覧会

             

            東京店では、日本近代名画展を5月19日(日)まで開催中です。本展は、みぞえ画廊のコンセプト「時代や流行に左右されない上質な作品、作家をご提供」 をまさに表現するような展覧会となっています。時代を超えた名品の数々をご高覧ください。何回かに分けて、その一部をスタッフブログにてご紹介いたします。本年からゴールデンウィークもすべて営業しており、5月19日までの会期中無休となります。ご来廊を心よりお待ちしております。

             

             正面玄関を入ると、中川一政の作品『向日葵』がお出迎え。

            中川一政 1893(明治26)年 東京、本郷で生まれ。1991(平成3)年 湯河原にて心肺不全のため永眠。享年97歳。洋画家,詩人,随筆家。武者小路実篤,志賀直哉など白樺派の作家たちや岸田劉生らと交流、一時期その影響を強く受けた。 挿絵にもすぐれたものが多い。 75年文化勲章受章。主要作品『板橋風景』 (1919,東京国立近代美術館)。

             

             林武 『薔薇』 

            林武 1896年(明治29年)東京生まれ。1975年(昭和50年)東京で没。享年78歳。1934年、渡欧。パリを制作の拠点とし、ヨーロッパ各地を旅行する。1935年、帰国。マティスやドランなどフォーヴィスムの影響を受けた裸婦像を多く描く。簡潔な構図と力強いマティエールの女性像『梳る女』 (49,大原美術館)は戦後の代表作。1952〜63年には東京芸術大学教授として後進を指導する。晩年は、原色の肉体を持つ女性像、富士山、薔薇などを激しい色彩と強烈な筆致で描いた。主要作品『裸婦』 (1930,兵庫県立近代美術館) ,『婦人像』 (58,東京国立近代美術館) 。YM

             

             

             

             

            2019.04.27 Saturday

            【東京店】取扱作家から毎週一作家1点ずつご紹介。 第19回は、織田廣喜(1914年〜2012年)

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              JUGEMテーマ:展覧会

              【東京店】取扱作家から毎週一作家1点ずつご紹介。第19回は、織田廣喜(1914年〜2012年)

              みぞえ画廊のコンセプト:「流行や時代に左右されない、上質な作品、作家を提供」をもとに取扱作家から毎週一作家、1点ご紹介します。

              第19回は、織田廣喜(1914年〜2012年)

               

               『ベネチア人形売りの風景』 F8 1962

               

              1914年(大正3年) 福岡県嘉穂町に生まれ、小学校の頃から絵本代わりに本棚の美術書を眺めて、模写のようなことをはじめています。1932年(昭和7年)18歳で画家になろうと決意して上京。翌年、日本美術学校絵画科に入学し、藤田嗣治、林武などの指導を受け20歳で卒業しました。

              1951年(昭和26年)二科展に出品していた萬宮リラと結婚。天真爛漫なリラ夫人を描くことが創作の原点にあり、リラに寄り添い、支えられ、リラと共に生きた生涯でした。

              1960年(昭和35年)3月、神戸から単身フランス行きの船に乗り、シンガポール、カルカッタなどを通る35日間の船旅を経て、友人に紹介されたパリ・モンパルナスの市場近く、ゲダール長屋に住みます。屋根裏のような1室で共同風呂の質素な生活でした。シャンゼリゼの女性たちを描いてパリの画商に売り込み、東京に送った作品はリラ夫人が画商に買ってもらいパリに送金するという生活で、3ケ月の予定が1年3ケ月の滞在になりました。

               

              2度目の渡仏は1962年、リラ夫人、長男廣比古と共に9ケ月間におよび、『ベネチア人形売りの風景』は、その間スペインとイタリアに各1か月間、取材旅行して描いた作品です。

               

              二科展で発表を続け、パリでも日本でも画商が付きはじめて、1966年以降は毎年のようにヨーロッパに出かけました。

              「町を歩き、描きたい、と直感したときに描きます。ただ、自然、風景を見つめました」と語った織田廣喜は、長年パリを愛しました。詩情豊かな街角、カフェで、輪郭線が定かではない幻想的な風景の中に、華やかな街とはうらはらに哀愁漂う女性、幸せな寂しさを湛えた女性を独特の筆致で描きました。

               

              みぞえ画廊は『ベネチア人形売りの風景』をはじめとして、30点ほどの織田廣喜油彩作品を在庫しております。

              東京店にて開催中の日本近代名画展に織田作品を出品・展示しております。5月19日までになりますので、

              ぜひ、お立ち寄りくださいませ。

               

              https://mizoe-gallery.com/products/list?category_id=226&pageno=1

              2019.03.28 Thursday

              【東京店】上 川  伸 展 −かたちとエッセイ− 3月31日(日)最終日となります。

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                JUGEMテーマ:展覧会

                  −かたちとエッセイ− 3月31日(日)最終日となります。

                 

                上川伸先生は1958年(昭和33年)福岡県直方市に生まれました。

                武蔵野美術大学造形学部油絵学科を卒業し、故郷で美術教師となります。

                26歳で出品した「九州青年美術展」で大賞・文部大臣奨励賞を受賞、順調に滑り出したかにみえましたが「その後スランプに…」と上川先生は話されました。「第42回行動展」「第1回谷尾美術館大賞展」で奨励賞、「第5回青木繁記念大賞公募展」で優秀賞など受賞を重ねて、1997年(平成9年)「第40回安井賞展」で佳作賞を受賞したことで、筑豊という自身の原風景を見直し、何年も模索を続けていた上川先生の中で、何かが変わっていく転機となりました。

                 

                  「感受」S100号         「流布」P80

                 

                 

                そそり立つ想像上の巨大な建造物、堅牢に描かれた土色の壁、上川先生の記憶にあったかつての筑豊の風景、イメージと相まって、「ことば」が「かたち」として湧き出し構築されていきます。

                 

                      「自由への階段」P20

                 

                花崗岩でできた丸みを帯びた石段、頂上の多賀神社ではお祭りをしていた、という懐かしい記憶。子供の頃にはとても大きな石の階段にみえて登って遊んでいた、空へ続くような「自由への階段」

                 

                    

                「萌芽」F4号                        「SHELLF10

                 

                私たちは、一方的に発信される情報を享受しているが鵜呑みにしてはいけないという「萌芽」。人はだんだんと殻を身につけ大きくなったように見えるがふと足元を見ると、細い足であることに変わりはない。初心を忘れないように、という「SHELL」。共に教訓を含んでいます。

                 

                   

                こどもの頃テレビで観て憧れたカラフルなマグカップ、デヴィッド・ボウイに耳を傾けた記憶、野菜や果物に内包されたものへの興味は、―エッセイ―として描かれました。

                 

                上川伸展 −かたちとエッセイ― は3月31日(日)まで開催しています。

                https://mizoe-gallery.com/products/list?category_id=183

                 

                三寒四温の隙を縫って春が近づき、庭の桜も咲きはじめました!みぞえ画廊 田園調布店へどうぞお出かけください。KY

                 

                2019.03.15 Friday

                アートフェア東京2019に参加しました

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                  JUGEMテーマ:展覧会

                  3月7日〜10日までの4日間、みぞえ画廊はアートフェア東京へ出展してまいりました。ブースでは宮崎を拠点に活躍の場を世界に広げるアーティスト、小松孝英の個展を開催しました。彼が生まれ育った宮崎の自然「SATOYAMA」をテーマに、変わりゆく生態系を描いた作品群です。

                   

                   

                   

                   

                  今回の展示で1番の見どころは、小松氏が絵を直筆で施したアートヴィンテージカー「里山号」の登場です!国際フォーラムに車が入ったのは初めて…とのお言葉を頂きつつ、スタッフの総力を上げてなんとか会場へ搬入することができました。小松氏も手塩にかけたアートカーの搬入の様子をひやひやしながら見守ります。

                   

                   

                  里山号は1968年式のマツダK360(通称:けさぶろう)という車種のクラシックカーです。めずらしい三輪タイプの車を前に「なつかしい!」「子供のころに乗ったことがある!」と通りがかりのお客様も足を止めて、じっくりとご覧いただきました。もちろんこのアートヴィンテージカーは展示と販売をしております。

                   

                   

                   

                  みぞえ画廊のブースは出入口のウィンドウそばで、ガラス越しに入口外からも里山号を見ていただけます。

                   

                   

                  小松氏自身が"挑戦"と言う、琳派風の従来の古典的画風から進化した抽象的作品も展示しました。この作品は銀箔とアクリルで描かれていますが、あえてコーティングをしておらず、空気に触れることで徐々に箔の風合いや色味が変化していきます。人間が里山に残していった物が、空気に触れて酸化していく様子を絵画と立体で表現しています。転換期を迎えるアーティスト、小松孝英の持つ世界にぜひ今後もご注目いただきたいところです。

                   

                   

                  ブロンズ 高さ 36.2cmA. Giacomettiの刻印
                  エディション 4/6 1956年制作 1957年鋳造

                   

                   

                  さらに、アルベルト・ジャコメッティの「ディエゴの肖像」も特別展示させていただきました。各メディアからの注目度も高く、テレビや新聞社などの取材クルーが度々、ジャコメッティを撮影し取り上げてくださいました。写真はみぞえ画廊の阿部和宣と、東京画廊の山本豊津氏の解説インタビューの様子です。

                   

                   

                  アートフェア東京2019の期間中は様々なゲストの方々にお越しいただきまして、誠にありがとうございました。また今回の出展につきましてサポートいただきました関係者の皆様にはスタッフ一同、厚くお礼申し上げます。今後とも、みぞえ画廊を宜しくお願申し上げます。

                   

                  2019.03.09 Saturday

                  狂気のリアリズム、生涯をかけた異端の画家「吉村芳生展ー新聞と自画像ー」3月17日(日)まで開催中

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                    東京ステーションギャラリーから始まり現在広島で開催中の大規模な回顧展が注目され、テレビ番組「美の巨人たち」でも特集された、吉村芳生先生の個展が、みぞえ画廊福岡店にて開催中です。福岡での個展は、2010年にみぞえ画廊で開催して以来9年ぶりとなります。

                    2013年に亡くなられた後も、各地の美術館で個展が開催されており、再評価が進んでいます。

                     

                     

                     

                    ずらりと並んだ顔は、すべて吉村芳生の自画像です。自画像というテーマを生涯にわたって描き続け、世界一自画像を描いたのではと評されるほど。

                     

                    吉村芳生は、21歳頃、広告代理店にデザイナーとして勤務していましたが、高度経済成長期の広告業は多忙を極め、体調を崩し退職します。画家になる志を持ち続けていた氏は、創形美術学校に入学し版画を学びました。

                    26歳頃にみたアメリカ美術の展覧会で衝撃を受け、なかでもウォーホルの作品に影響を受けたと後のインタビューで語られています。キャンベルスープ缶や、誰でも知っているマリリンモンローの顔などのありふれたものが、版画の技術で繰り返して描かれている作品は有名ですね。その後、ありふれた風景や何でもない金網をモチーフに選んでいることとリンクしているのかもしれません。新聞をモチーフに選んだのも同じころでした。画集には、「ふと目に入ったのがきっかけ」とあります。その後1979年11月8日から21日間分のジャパンタイムズの一面を2年がかりで描いた作品「ドローイング新聞」や、一年間毎日の自分の顔を描き続けた作品「365日の自画像(1988年7月24日〜1989年7月23日)」が、制作されました。これらの作品は、今見るべきアーティストのみを展示する「六本木クロッシング2017」という展覧会に推挙され、地方での評価にとどまっていた画家を一躍スターダムに押し上げます。

                     

                    新聞を読むことと鏡を見ることは毎朝欠かせない行為

                    毎日消費され消えゆく宿命を持つ新聞紙を、社会を映す鏡と位置付けており、そこに移りこむ自身の顔を描いていくことは、2000年代からのライフワークとなりました。

                     

                    現在、みぞえ画廊福岡店に展示中の、「新聞と自画像 in Paris」シリーズは、2011年12月から一年間パリに留学していた時に、現地の新聞に自画像を描いた作品です。季節は冬、鬱屈として部屋に閉じこもっていることも多く、そうして一日10時間、5、6枚は自画像を描き続けていたそうです。このシリーズは、鏡を見て描かれており、家族や友人のいない留学先での制作で、自分と向き合う苦しい状況を思わせる表情にも見えます。

                    自画像なんてどこで描いても同じと思うかもしれないが、パリにはパリでしか描けない自画像があるのです。

                     

                    その他、自画像をシルクスクリーンの技法で新聞印刷した作品を展示しています。

                     

                     

                    この作品のエディションは、通常の版画と逆になっています。通常、版画は同じ絵が枚数限定で作られますが、この作品で版画紙として使われる新聞紙は、毎日、社会を映す鏡としてこの世に生まれます。そのため、版画でありながら、同じ作品が二つとなく、永久に増え続けるという意味が込められています。

                     

                    35歳頃、上京先から地元・山口県徳地に移り住み、自然の鮮やかさに囲まれるうちに始まったという、色鉛筆で花を描いた作品も3点、展示しています。これらの作品は、すべて色鉛筆によって、驚くべき手法で描かれています。

                     

                     

                     

                    作品に描くための題材を写真に収め、それに方眼紙のように小さなマス目状に線を引きます。大きなキャンバスにも対応するようにマス目を引き、そのマス目を、画家がコピー機になったかのように、一つずつ描きこみ塗りつぶしていきます。全てのマス目が埋まるころには、作品が完成しているというのです。その手法は機械的で感情を排していますが、吉村先生はその行為そのものを重視していました。在学中から亡くなるまでの画業は、描きうつし繰り返す・継続するという制作スタイルに貫かれています。それによって立ち現れてくるものこそが、自分にしかできない芸術だと、自身を見つめ続ける中で確信していったのではないでしょうか。

                     

                    新聞と自画像は、現実の日々。花の世界は未知なる浄土。私は「この世」と「あの世」を鉛筆で描いているのです。鉛筆をカッターナイフで削り心を尖らせていく度に、鉛筆の命が削られていき、その命が紙に塗り込まれていくのです。

                     

                     

                    3月17日まで開催しております。ぜひ足をお運びください。

                    スタッフ

                    JUGEMテーマ:美術鑑賞

                    JUGEMテーマ:展覧会

                    2019.02.16 Saturday

                    【東京店】取扱作家から毎週一作家1点ずつご紹介。第18回は、香月泰男(1911年10月25日 - 1974年3月8日)

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                      JUGEMテーマ:美術鑑賞

                       みぞえ画廊のコンセプト:「流行や時代に左右されない、上質な作品、作家を提供」をもとに取扱作家から毎週一作家、1点ご紹介します。

                      第18回は、香月泰男19111025 - 19743月8日)

                       

                       

                       『シベリア・シリーズ 』 4枚組リトグラフ 1969年 Ed.50

                       

                      東京美術学校を卒業した香月泰男は、下関高等女学校で美術を教えていたところ、1943年召集され満州に出征。2年後大陸で終戦を迎えますが、シベリアに抑留されました。冬は−40℃にもなるシベリア・クラスノヤルスク地区セーヤ収容所でおよそ2年間、森林伐採などの過酷な強制労働に従事して、1947年5月帰還します。

                       

                      帰還後早々に、後に『シベリア・シリーズ』と呼ばれる油彩画を描き、翌年も描きますが、その後シリーズは8年間中断します。1956年秋から半年間ヨーロッパ旅行に出発し、フランス、スペイン、イタリア等を巡る中で、中世の彫刻や絵画、またダ・ヴィンチなどによるルネサンス期のモノクロに近い絵画に出会います。中世の彫刻にある陰影の強い顔は、『シベリア・シリーズ』独特の「顔」の表現を生み出すきっかけになりました。収穫の多かったこのヨーロッパ旅行後、香月は本格的に『シベリア・シリーズ』に取り組みます。

                      50年代後半になると、香月のパレットから徐々に明るい色が消えていき、黒や灰色、黄土色が画面を支配するようになっていきます。50年代末には、後年の香月作品のトレードマークといえる、黒と黄土色を基調とした作風が確立され、1959年、堰を切ったかのように、『シベリア・シリーズ』3作品が一挙に発表されました。

                       

                      「シベリアのことを思い出したくなどない。絵にしようと思って絵にするのではなく、自然に浮かびあがってくる。描くたびまだまだシベリアを語りつくしていないと感じる。シベリアで真に絵を描くことを学んだ。モチーフが無限に自分のなかから湧いてくる」

                      抑留者の数だけ違うシベリアがあります。『シベリア・シリーズ』が今でも人々の心を惹きつけるのは、政治的な主義主張を下敷きにしたものではなく、あくまでも一人の画家の個人的な想いを描いたものであり、それが普遍性を持つもの、家族への愛情、運命に翻弄されることに対する怒り、悲しみ、諦め、そして希望を表現しているからではないでしょうか。

                       

                      油彩シベリア・シリーズは、出征、終戦、シベリアへの輸送、抑留生活、復員と、香月が実際に体験した順番の通りには描かれていません。シリーズとは呼ばれるものの、57点の油彩画は初めから体系的に描かれたのではなく、シベリアでのランダムな記憶が結実した作品群といえます。

                       

                      みぞえ画廊には1969年に制作された『シベリア・シリーズ』雪・窓」「運ぶ人」「雪」「避難民」と題した4枚組リトグラフ(サイン入り、限定50部)がございます。是非ご高覧賜りたくご案内申し上げます。

                      https://mizoe-gallery.com/products/list?category_id=250 

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