2018.12.10 Monday

【福岡店】 ミニコンサートを開催しました!

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    いよいよ冬到来となりました。みぞえ画廊福岡店ではついに「クリスマスアートフェア」がスタートしました。いつもご愛顧いただいておりますお客様へ、一年間の感謝を込めてご奉仕価格にて約80点の作品を展示中です。

     

    クリスマスアートフェア

     

    フェア開催を祝して、12月9日(日)にはオープニングイベントを開催させていただきました。メインイベントは2時からのミニコンサートでした。今回の展示の見どころの1つである織田廣喜特集にちなんで、メランコリックな少女やフランス風景の絵画を背にアコーディオンとギターを生演奏していただきました。ご出演いただいたのは、福岡を拠点に活動されているバンド“ブッカブッカ”さんです。

     

    クリスマスアートフェア

     

    織田廣喜の作品

     

    よく見るとアコーディオニストの赤い帽子が、うしろの少女の絵そのままの様でつい…見とれてしまいました。

     

    クリスマスアートフェア

     

    織田廣喜の作品

     

    フランスに憧れた画家の想いを、ミュゼやシャンソンの曲に乗せて演奏してくださいました。つい自然と体が揺れて、巴里の街角にいるようなムードある演奏会となりました。名曲「愛の賛歌」が終わると歓声が沸くなど、お客様の心に描く思い出や風景を照らし合わせて聴いていただいたようです。クリスマスソングあり、画廊スタッフによる織田廣喜についての作品解説やサプライズダンスもあり、より一層深く絵画に触れていただいたようです。

    ⇒過去に開催した「織田廣喜展」の記事はこちら

     

    クリスマスアートフェア

     

     

    ご出演いただきましたブッカブッカのお二人さま、この度は素晴らしい演奏とパフォーマンスをありがとうございました。フランスの画家ポール・アイズピリ作 "少年像"前で記念撮影させていただきました。お二人ともまるで絵画から飛び出してきた音楽家のようでした。クリスマスアートフェアは12月25日(火)まで開催しております。みなさまのご来廊をお待ちしております。

    JUGEMテーマ:展覧会

     

    2018.12.08 Saturday

    【東京店】取扱作家から毎週一作家1点ずつご紹介。 第15回は、糸園和三郎(1911年〜2001年) 

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      JUGEMテーマ:美術鑑賞

      みぞえ画廊のコンセプト:「流行や時代に左右されない、上質な作品、作家を提供」をもとにセレクトされた取扱作家から毎週一作家、1点ご紹介します。

       

      第15回は、糸園和三郎(1911年〜2001年) 

       

      『 牛 』 油彩F8号

       

      1911(明治44)年呉服商の三男として大分県中津町に生まれました。尋常小学校5年生の時に骨髄炎にかかり、手術を受けて1年遅れて小学校を卒業しましたが、病気のために進学を断念。1927(昭和2)年上京して次兄と共に大井町に住み、川端画学校に通い始めました。写実研究所で研鑽をつみ、独立美術協会展などに出品、多くの作家と交流を深めていきます。

       

      1931年独立展に出品、1930年代半ばからシュルレアリスムの傾向を強く受け始め、1939年福沢一郎、麻生三郎らと美術文化協会の結成に参加。

      1945年、笹塚の家が東京大空襲にあい、郷里にあった数点をのぞいて作品を全て焼失してしました。その後、「叫ぶ子」、「鳥をとらえる女」、「鳥の壁」など、生きるものの姿を緊密な構図で描出した作品を意欲的に発表します。

      1957年から1981年まで日大芸術学部で後進の指導にもあたり、1976年、糸園に師事した卒業生たちが「土日会」を結成して以後、糸園は同展に賛助出品しました。

      1968年第8回現代日本美術展に、置かれたアメリカ国旗とそれを見つめる笠を被ったベトナム人を描いた「黒い水」、ベトナムの地図を配して、横たわる人を描いた「黄いろい水」を出品。「黄いろい水」はK氏賞を受賞しました。共に、象徴的に画面を横切る川が流れています。

      1959年脳動脈瘤が見つかりますが、制作ができなくなる危険性から手術は受けず、郷里中津で一年半の療養生活を送ります。1980年代には右眼の視力をほとんど失い、晩年は左眼も衰えますが制作を続けました。

      心に浮かんだ映像を長い時間をかけて醸成させ、キャンバスの上に写し換えるという糸園の作品は、画面から余計な対象物が排除されて深い陰影に包まれ、静謐でありながら詩情と人間の温かみを感じさせます。

       

      糸園和三郎 『牛』 は東京店にて展示・販売いたします。油彩・パステルなど20数点の糸園作品を所蔵しておりますが福岡店に展示中の作品もございますので、ご高覧ご希望の際はお申し付けください。

       

      https://mizoe-gallery.com/products/detail/1377

      2018.12.01 Saturday

      【東京店】取扱作家から毎週一作家1点ずつご紹介。 第14回は、野見山暁治(1920年(大正9年) 〜 )  

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        JUGEMテーマ:美術鑑賞

         

        みぞえ画廊のコンセプト:「流行や時代に左右されない、上質な作品、作家を提供」をもとに

        セレクトされた取扱作家から毎週一作家、今回は2点ご紹介します。

         

        14回は、野見山暁治(1920年(大正9年) 〜 )  

         

        「丘」1973年 油彩F30号

        2011年ブリジストン美術館「野見山暁治展」図録解説p.10  fig.3

         

        「か・い・だ・ん」1990年インク、グワッシュ

        2011年ブリジストン美術館「野見山暁治展」図録Paintings No. 92

         

        1920年(大正9年)福岡県穂波村(現 飯塚市)に生まれ、17歳で上京。1938年東京美術学校油画科予科、翌年本科へ入学しますがアカデミックな教育に馴染めず、在学中からフォーヴィズムに強い関心を持ちます。1943年東京美術学校を繰り上げ卒業、初年兵として満州東寧に派遣されますが、肺浸潤の再発で陸軍病院に入院。内地に送還されて1945年傷痍軍人福岡療養所で終戦を迎えました。

         

        戦後、不安と焦燥の中で、存在するものの形を掴み取っていきたいと試行するうち、きらめいていたフォービズムへの興味は薄らいでいきました。故郷の炭鉱へ目を向けた時、人工的に造りだされ壮大な廃棄物になろうとしている無機質なボタ山、戦前は絵にならないと思っていた炭鉱風景が、その後の野見山にとって重要なモチーフになっていきました。

         

        1952年末渡仏、フランス各地の美術館を回り、文化に触れるうちに、色彩感覚が変わっていきます。滞欧中の1958年、ブリジストン美術館が野見山暁治を紹介する展覧会を開催し、それが第2回安井賞を受賞するきっかけとなりました。

         

        滞欧時代には丘や樹木を描いて静物画を思わせるような構成でしたが、帰国後に描いた風景は、空や海などを思わせる広い空間の中を、得体のしれないものがゆっくりとねじれながら動くような、不思議な気配に満たされるようになっていきました。

         

        1976年糸島にアトリエを構え、繰り返し描かれたモチーフとしてアトリエの階段があります。

        「いつものようにアトリエにやってくると、今度は、壁に沿った階段が不意にそそのかしてきた。どうしてこの、斜めに走った打ちっぱなしのジグザグに今まで気づかなかったのだろう。遥かな天から降りてきた階段が、このアトリエを通りぬけて深い海に続いているように思えてきたのだ。だからこの階段に光が飛びかかっても、波がおしよせても、一向に不思議はない」

        野見山暁二著「階段、それから海」 2003年日経新聞社

         

        展示中(12月2日まで)のサ・エ・ラ

         

        野見山暁二『サ・エ・ラ』を東京店にて展示・販売中です。東京店・福岡店には、油彩・グワッシュ・リトグラフなど多数ございますので、ご高覧ご希望の際はお申し付けください。

        https://mizoe-gallery.com/products/list?category_id=&name=%E9%87%8E%E8%A6%8B%E5%B1%B1%E6%9A%81%E6%B2%BB

        2018.11.24 Saturday

        【東京店】取扱作家から毎週一作家1点ずつご紹介。 第16回は、中林忠良(1937年〜 ) 

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          JUGEMテーマ:展覧会

          みぞえ画廊のコンセプト:「流行や時代に左右されない、上質な作品、作家を提供」をもとにセレクトされた取扱作家から毎週一作家、1点ご紹介します。

          今回も今まさに活躍中の現代作家を取り上げます。

           

          13回は、中林忠良(1937年〜 ) 

          『 転位‘90-地-掘塀仗紂法1992年 エッチング

           

          中林忠良は日本の版画界を代表する銅版画家の第一人者です。品川区に生まれ小学校入学直後、学童疎開して雪深い新潟県蒲原市で4年間を過ごした体験から、「人より自然の方に親和感をもつようになった」と後年語っています。

          銅版画との出会いは、東京芸術大学 美術学部絵画科在学中の1961年秋。駒井哲郎の版画集中講義に出席し、駒井の作品と制作する姿に感動し、画家ヴォルスの作品に出会ったこともあり、腐食銅版画の世界へ入っていきました。

          1973年 第四回版画グランプリ展でグランプリ受賞、ソウル国際版画ビエンナーレ国際大賞など内外で多数受賞。1975年から1年間、文部省派遣在外研究員としてパリ国立美術学校、ハンブルグ造形芸術大学で研修を受けて帰国。直後に恩師・駒井哲郎が死去し、後の「転位」シリーズにつながる「師・駒井哲郎に捧ぐ」を制作します。

          1975年に出会った金子光晴の詩片 『すべて腐らないものはない』 に顕わされた世界観に共鳴し、銅版の腐蝕と自分を含めた全てのものの腐蝕を重ね合わせ、白と黒を基調とした二律背反の拮抗と調和を銅版腐蝕版画の技法にからめて制作するようになりました。

          「気の遠くなるほどの長い年月をかけて大地を浸食して行く自然界の作用を、自分の掌の中に縮めてわずか数十分でイメージの画像化をくわだてる、それが自分の銅版画の仕事なのだと考えるようになった」と語っています。「Unknown Voyage(未知なる航海)」: 銅版の腐蝕という完全なコントロールや予測が難しい作業になぞらえて、アトリエの腐蝕室の扉にはこの言葉が掲げられています。

           

          中林忠良 『転位‘90-地-掘塀仗紂』 は東京店にて展示・販売中です。ぜひ、ご覧ください。

           

          中林忠良著「もう一つの彩月−絵とことば−」(2012年 冷風書房刊)

          *白黒モノクロームの銅版画ではなく、色彩の銅板モノタイプ作品と、自然と向き合う日常を美しい文章で綴った本が出版されています。ご参考までに。 

           

          2018.11.17 Saturday

          【東京店】11月17日より「by Printworks ー版画表現で 展」開催中

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            アーティストは、なぜ版画という表現手法を選ぶのか。もっとも古い技法である木版画。木の上に造形して紙に写し取る。シンプルこのうえない手法。美しいものを創造するため、多くのアーティストが、様々な版画技法を駆使し、表現を追求しています。本展では、通常展示していない作家も含め数多くの作家の作品を展示しています。美しい版画表現の数々をご高覧ください。

            玄関を入ると、ジム・ダインの大型作品を展示。アメリカのポップアートの現役アーティスト

             

            野見山先生の作品 4点セット 額付きで、54万(税込) おすすめ作品です。サイズも大きめで、4点をセットで飾ったらすばらしいと思います。作品設置まで無料で承ります。※展示は1点のみ

             

            書斎には、香月泰男の4点セットと今年惜しまれながら亡くなった浜田知明の作品を展示。浜田作品『群盲』おすすめです(↓下の作品)。

             

            片山先生の版画作品。皇居の近くにあるパレスホテル ロビーに作品が設置されている人気作家です。版画になり5万円とお求めやすく、日常的に飾りやすいので人気です。YM

            2018.11.16 Friday

            【福岡店】 「井上敬一展」を開催中です

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              秋晴れが気持ち良い季節となりました。

              ただ今、みぞえ画廊では井上敬一展を開催中です。

               

              井上敬一展 みぞえ画廊
               

              井上敬一展 みぞえ画廊

               

              井上敬一展 みぞえ画廊

               

              井上敬一氏の作品は、見るほどに遊び心とユーモアにあふれています。ご本人の飾らない人物像が、まっすぐそこにあるようです。自由にキャンバスに向かうこと、自然体でいられることがアートの世界でどれほど難しいことか、わたし達に想像できるでしょうか。

               

              井上敬一展 みぞえ画廊

               

              今回の個展では裸婦を中心に描かれています。顔だけ見ると男女どちらの要素も持っており表情はありません。「顔から描き始めて、最終的には女性の身体になっちゃう。描いてて楽しいんだよね。」と井上氏は言います。時には横も縦も関係なく、描いてはぬりつぶし、キャンバスの方向に執着せずどんどん変化した絵は予想もしないところで筆が止まっていることに、さらに驚きます。

               

              井上敬一展 みぞえ画廊

               

              井上敬一展 みぞえ画廊

               

              おおよそ一年かけて描かれた約40点の作品群は、11月18日(日)までみぞえ画廊で展示をしております。

              井上氏は11月16〜18日まで在廊する予定です。みなさまのお越しをお待ちしております。

               

              井上 敬一/いのうえ けいいち

              1947年    福岡県生まれ
              1979年    ルカ・シニョレッリのフレスコ画「最後の審判」模写
              1980年    福岡教育大学美術科研究生修了
              1995年    第2回別府現代絵画展 優秀賞受賞、第4回 青木繁記念大賞公募展 大賞受賞、第4回 風の芸術展・ビエンナーレまくらざき 準大賞受賞
              1996年    第39回, 第40回(’97年) 安井賞展 入選、テグ・アジア国際美術展 韓国大邱市文化芸術会館 招待(日本側出品者10名の代表を務める)
              1998年    第5回福岡県文化賞 受賞 
              1999年    CROSSCURRENT (LA Artcore Los Angeles、CA) 招待、第28回現代日本美術展 賞候補
              2002年    日韓現代美術展・筑豊からの発信(田川市美術館)に出品、みゆき画廊にて個展(’02年、’03年、’04年、10年、’12年、’13年、’15年)開催
              2004年    国際交流現代美術展(沖縄・浦添市美術館)に出品
              2010年    みぞえ画廊にて個展(’15年、’18年)開催(個展は他に、うしお画廊、村岡屋ギャラリーでも開催)
              2016年    25周年記念・アーティストの反骨精神「沸点」(田川市美術館)に出品
              現 在    田川市に在住

              作品収蔵
              石橋美術館、枕崎市(南溟館)、田川市美術館など

              2018.11.04 Sunday

              【福岡店】 井上敬一展 オープニングパーティを開催しました

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                秋も深まり、福岡では目の前の並木通りも少しづつ紅葉してまいりました。11月3日(土)文化の日より、みぞえ画廊 福岡店では「井上敬一展」を開催いたします。井上敬一氏とのお付き合いは、この画廊の始まりと同じで10年となります。弊画廊では3回目を迎える今回の個展に伴い、氏をお招きしささやかなオープニングパーティを開催いたしました。

                 

                井上敬一展 みぞえ画廊

                 

                井上氏の関係者やご親族、親しい作家の方、メディア関係の方など多数ご参加いただき、個展のはじまりに際して氏よりみなさまへお言葉を頂きました。ご婦人もお見えになり、何年ぶりかのお客様との再会をなつかしんでおられたご様子でした。

                 

                井上敬一展 みぞえ画廊

                 

                井上敬一展 みぞえ画廊

                 

                井上敬一展 みぞえ画廊

                 

                 

                井上氏に今回の個展についてお尋ねすると「今回の作品は全部いい絵になった。全部好きよ。」と笑顔でおっしゃっていました。氏は個展の会期中、度々在廊されるご予定です。その際はSNSで当日にはなりますがお知らせいたします。

                 

                パーティは終始にぎやかに行われて、晴れやかな展覧会初日となりました。はるばる遠方からお越しいただいた皆様、ご参加いただき誠にありがとうございました。展示の様子は改めて、当ブログにてご紹介させていただきます。

                 

                井上敬一展 みぞえ画廊

                 

                 

                 

                 

                2018.10.20 Saturday

                【福岡店】「平野遼展ー始まりと終わりー」開催中です!

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                  平野遼先生の作品が、みぞえ画廊東京展から、地元福岡へと、帰ってこられました。10月28日まで、「平野遼展ー始まりと終わりー」開催中です。

                   

                   

                  100号や80号のこれだけの作品を、まとめて観られることはめったにない!と、反響をいただいております。通りすがりに、「平野遼」の名前をみて驚きながら入ってこられる方や、その名を知らずとも独特の作品に引き寄せられて、という方もおられます。

                   

                  画像に含まれている可能性があるもの:木、屋外

                   

                  「文明に背を向け、闇に光を求め続けた異能の画家」と評され、その壮絶な生き様は、生前から周囲の画家やコレクターを魅了し続けています。もっとも充実期とされる作品を展示した東京セントラル美術館や下関市立美術館などでの個展は記録的な入場者を集め、その画業は、没後の北九州市立美術館の大規模な回顧展によってさらに広く知られるところとなりました。

                  ご来場のお客様の中にも、北九州で個展を見たことが忘れられないと言われる方もおられます。

                   

                   

                  本展1階では、それらの展覧会画集にも掲載のある、最晩年の作品を多数展示しております。

                  また、2階では、1950年代前後の、画家としての始まりの時期の作品をご覧いただけます。極貧の時代に、油絵の具を買うこともできない状況でたどり着いた蝋画という技法を使った作品も。

                  平野遼先生のご親族の方も来られ、生前のお姿をそこに感じられたご様子に、スタッフ一同感激した次第でございます。

                   

                   

                   

                  混沌とした時代に立ち込めていた人々の不安を、あるいは自己の内面を抉り出すかのような作品の数々。

                  「ファーブルが昆虫を凝視したように、芸術家はもっと人間を凝視しなければいけない」という信条は、人間のあらゆる闇を見つめることから逃げず、人間という存在への深い愛を示しているようにも思えます。

                   

                  10月28日まで、会期中無休にて開催しております。

                  ぜひお出かけください。(スタッフ)

                  2018.10.20 Saturday

                  【東京店】取扱作家から毎週一作家1点ずつご紹介。 第16回は、駒井哲郎( 1920年〜1976年 )

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                    JUGEMテーマ:美術鑑賞

                    みぞえ画廊のコンセプト:「流行や時代に左右されない、上質な作品、作家を提供」をもとに

                    セレクトされた取扱作家から毎週一作家、1点ご紹介します。

                     

                    12回は、駒井哲郎( 1920年〜1976年 ) 

                     

                     

                     

                    『鳥と果実』 1959 シュガーアクアチント、エッチング 15.0x17.4cm

                     

                    横浜美術館で10月13日から〈 駒井哲郎−煌く紙上の宇宙 〉と題した展覧会が始まりました。

                    駒井作品210点を軸に、交流のあった芸術家など関連作家の作品も80点ほど展示されています。

                    駒井はモノクロの銅版画家という印象がありますが、実は色彩豊かな木版画や、大岡信などの詩に挿画を入れた詩画集、舞台美術、実験工房との交流など幅広く制作活動をしていたことが分かります。

                     

                    駒井哲郎は現在の中央区日本橋に生まれ、慶応義塾幼稚舎から普通部に進学。普通部在学中に小さなパンフレットに載っていたルドンの腐植銅板を見たのが銅版画家になろうと思った直接的な動機で、麹町半蔵門の小さな研究所に通い、エッチングやドライポイント、素描を厳しく仕込まれました。美術学校受験準備のために乃木坂の小林万吾塾に通い、1938年(昭和13年)東京美術学校の油画科に入学。同期の野見山暁治の著書に、銅版画制作に打ち込む駒井哲郎の姿が度々記されています。後の1972年、駒井は東京芸術大学美術学部の教授に就任しました。

                     

                    芸大を3年半で繰り上げ卒業となり1944年〜1945年、2度にわたり応招。軍隊で殴打されて歯を折り、20代から義歯となりました。戦後も換気設備のない三坪のアトリエで長時間銅版画の腐蝕を続けた結果、酸の吸入に依る中毒と診断され入院したこともあり、生涯義歯不適合に苦しみ続け、やがてこれが舌癌をもたらすことになりました。

                     

                    1954年4月パリに渡って3日目、長谷川潔と会います。生涯にわたって心から畏敬の念を持ちましたが、圧倒的な版画技法の差に挫折感を味わいます。1955年11月パリを出発して帰国。翌1956年には「自信喪失の記」を書きました。

                     

                    体調不良ではありましたが、美術雑誌にも取り上げられ、駒井は戦後の画壇に多くの同世代の画家たちに先駆けて颯爽と登場しました。材料入手が困難な時代、磨いた銅板を刻み、腐食させ、プレスするという作業に独力で取り込み、未開の芸術に挑んだパイオニアでした。

                     

                    1960年8月大岡信は最初の美術評論で「駒井氏の作品は58年から新しい発展の世界に入ったように思え… 最近作の鳥や果実のテーマに到達した。駒井氏が楕円形フォルムに強い関心を示しているのは興味がある。鳥にしても果実にしても、どこか誕生と死を連想させるモチーフだが、駒井氏の楕円は、生命と死の宿る子宮的世界の断面図のような感じをもっていて、とくに最近の傑作「蝕果実」などは、いつまでも見飽きないふしぎな循環性と集中性をひめている。」と語っています。

                     

                    今日ご紹介する「鳥と果実」は横浜美術館・駒井哲郎展の〈第5章 詩とイメージの競演〉に展示されています。互いに内包しあい、生命の喜びを感じさせる心温まる作品です。

                    みぞえ画廊東京店にてぜひご覧いただきたいと思います。

                    https://mizoe-gallery.com/products/list?category_id=316

                     

                    2018.10.06 Saturday

                    【東京店】東京店にて10月6日から − 生誕110年 − 野田英夫展 がスタートします。

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                      JUGEMテーマ:展覧会

                       

                      みぞえ画廊のコンセプト:「流行や時代に左右されない、上質な作品、作家を提供」をもとにセレクトされた取扱作家から毎週一作家をご紹介します。

                       

                      今回は、第11回でご紹介した野田英夫(1908年〜1939年)になります。東京店にて10月6日から − 生誕110年 − 野田英夫展 がスタートします。

                       

                      東京店内展示風景 ドローイングを中心とした貴重な作品27点を展示   

                       

                       

                       

                       

                       

                      野田英夫については第11回でくわしく記していますので、画廊に作品を展示して、また、この展覧会のために年譜を編集制作したなかで、感じたことを書きます。

                      年譜の編集作業は一般的なケースでは画業80年ほどの長きにわたるその画家の人生を俯瞰することができますが、野田英夫の場合は、悲しいほど短いものです。まさに「夭折の画家」。ただし、その1年1年を細かくみていくと濃密な時間を疾走していったことがわかります。

                       

                      いくつかの重要な出会いがあります。1926年18歳でピードモント・ハイスクールに入学し、美術クラブに所属。そこで美術学部教師のリリアン・ゾネシャイン先生に出会い、油彩画を学びます。野田の才能を感じとったのか野田が卒業後もこの先生は応援してくれました。それが1937年(29歳)の母校ピードモント・ハイスクールでの壁画制作です。貧しかった野田のために200ドル(現在の100万円程度に相当)で依頼、1ヶ月がかりで『学園生活』を完成させました。(この壁画は、その後、1979年ゆかりのある熊本県立美術館に収蔵され、その売買代金は母校ピードモント・ハイスクールで野田基金となったそうです)。

                       

                      カリフォルニア・ファイン・アーツに進学した23歳の時、画家のディエゴ・リベラに出会い、壁画について学びます。野田にとって「壁画」は重要なキーワードとなっていきます。ニューヨークから教えに来たアーノルド・ブランチ教授との出会いも重要です。このブランチの勧めと援助もあり、その後、ニューヨークに行き、ブランチが教えるアート・ステューデント・リーグの夏期講座を受講します。ニューヨークでは、多くの知識人、アーティストと交流することになり、活動の幅が大きくなります。1933年(25歳)の時、ロックフェラー・センターで大壁画を制作中のリベラと再会し、ここで、ベン・シャーン、ジャクソン・ポロックらと助手を務め、リベラから「壁画的構図の造形法とその思想」を学びます。野田の代表的な油彩作品(活動期間が短いので点数が少ない)は、今日、東京国立近代美術館や横浜美術館、熊本県立美術館に収蔵されていますが、野田作品の真骨頂は、まさにこの「壁画的構図」の作品といえると感じました。いくつもの要素が画面上に描かれた非常に質の高い作品です。

                       

                      これは、本展 展示作品の 『壁画エスキース』 

                       

                      このように、野田にとって「壁画」は重要な要素となり、この後、いくつか独自の壁画制作を展開します。

                      ・1934年(26歳)シビックセンター(ニューヨーク)内に壁画『移民』を制作

                      ・1936年(28歳)西銀座7丁目のバー「コットン・クラブ」に壁画を制作(戦災で焼失)

                      ・1936年(28歳)赤坂2丁目の飲食店「フロリダ・キッチン」にテンペラ壁画を制作(戦災で焼失)

                       

                      戦災で焼失していなければ、今でも都内で野田の壁画を実見できたかもしれません。いや、壁画という媒体である以上、建物と一緒に消滅してゆく運命のものがほとんどであるのも事実です。そういった意味では、「キャンバスの油彩作品」は、美術館に収蔵されれば半永久的に保存されていくだろうと思われますので、感慨深いものがあります。

                       

                      長くなりましたが、本展では、作品数の少ない夭折の画家、野田英夫の貴重な作品群27点を生誕110年記念のこの機会に、ご紹介するものです。ぜひ、野田英夫年譜を細かくご覧になり、30年という短い画業を振り返りながら、作品をご高覧いただけましたら幸いです。(ym)

                       

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