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2018.08.31 Friday

【東京店】取扱作家から毎週一作家1点ずつご紹介。 第9回は、平野遼(1927年〜1992年)

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    JUGEMテーマ:美術鑑賞

    JUGEMテーマ:展覧会

     

    みぞえ画廊のコンセプト:「流行や時代に左右されない、上質な作品、作家を提供」をもとに

    セレクトされた取扱作家から毎週一作家、今回は2点ご紹介します。

     

        

     

    『自画像』M20号                 『自我像』F20

     

    平野遼はアトリエでバッハの「マタイ受難曲」を好んで聴いていました。3歳で母を、13歳で父を亡くし、晩年失明したことなど、バッハと自分の生涯を重ねあわせて聴いていたのではと想像されます。20歳の頃、孤独と貧しさと闘いながら画家への道を歩み始めます。昭和24年、キャンバスも買えないほどの貧しさからひらめいた手法の蝋画『やまびこ』を新制作派展に出品して入選しました。作品にほれ込んだ周囲の人々の支えもあり、その後も独学で清貧に甘んじて画業一筋に打ち込みます。初期には写実的具象画を描いていましたが、昭和30年代 (1955〜) に抽象的作風へと移り、画廊での個展も増えていきます。昭和32年、滝口修造との出会いがあり、抽象では厳しい批評を書くことで知られる滝口から認められたことが、画家としての確信につながりました。

     

    「物体のその奥にあるものを見なければならない。ものの奥に真の姿が見える」「風物を凝視したり音楽を聴いていても、突如として意識の底からせり上がってくる言葉に、何かをささやきかけられる… それと対峙するうちに、私が描く造形が少しずつ異相をもって膨らんでくる」と平野は語っています。晩年は海外への旅も多く、デフォルメされた人体像によるシュールレアリスム風の作風へと変わっていきました。

     

    平野にとって画業の節目節目に描く『自画像』は「実体のない抽象はない」という絵画理念を確かめ、挑戦するひとつのモチーフであったのであろう(「評伝 平野遼」秋山敬著)と書かれています。

     

    【平尾 遼 展 - 始まりと終わり - 】9月15日(土)〜30日(日)東京店にて開催いたします。

    一貫して人間、特に自己の内面、心の闇と光を描き続け「魂の画家」と呼ばれた洋画家平野。自身の表現を模索し続けた画家の黎明期、具象的表現の中に人間の闇を描いた成熟期を経、抽象的表現で「闇」の中の「光」、「宇宙」の中の「生命」を求め、内発する感情をぶつけるかの様に描いた晩年の作品群。本展では、1950年代以前の作品と、’80年代以降の作品に焦点を当て、知られざる画家の実像に迫ります。

    https://mizoe-gallery.com/products/list?category_id=52

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