<< 【東京店】取扱作家から毎週一作家1点ずつご紹介。 第14回は、野見山暁治(1920年(大正9年) 〜 )   | main | 【福岡店】 ミニコンサートを開催しました! >>
2018.12.08 Saturday

【東京店】取扱作家から毎週一作家1点ずつご紹介。 第15回は、糸園和三郎(1911年〜2001年) 

0

    JUGEMテーマ:美術鑑賞

    みぞえ画廊のコンセプト:「流行や時代に左右されない、上質な作品、作家を提供」をもとにセレクトされた取扱作家から毎週一作家、1点ご紹介します。

     

    第15回は、糸園和三郎(1911年〜2001年) 

     

    『 牛 』 油彩F8号

     

    1911(明治44)年呉服商の三男として大分県中津町に生まれました。尋常小学校5年生の時に骨髄炎にかかり、手術を受けて1年遅れて小学校を卒業しましたが、病気のために進学を断念。1927(昭和2)年上京して次兄と共に大井町に住み、川端画学校に通い始めました。写実研究所で研鑽をつみ、独立美術協会展などに出品、多くの作家と交流を深めていきます。

     

    1931年独立展に出品、1930年代半ばからシュルレアリスムの傾向を強く受け始め、1939年福沢一郎、麻生三郎らと美術文化協会の結成に参加。

    1945年、笹塚の家が東京大空襲にあい、郷里にあった数点をのぞいて作品を全て焼失してしました。その後、「叫ぶ子」、「鳥をとらえる女」、「鳥の壁」など、生きるものの姿を緊密な構図で描出した作品を意欲的に発表します。

    1957年から1981年まで日大芸術学部で後進の指導にもあたり、1976年、糸園に師事した卒業生たちが「土日会」を結成して以後、糸園は同展に賛助出品しました。

    1968年第8回現代日本美術展に、置かれたアメリカ国旗とそれを見つめる笠を被ったベトナム人を描いた「黒い水」、ベトナムの地図を配して、横たわる人を描いた「黄いろい水」を出品。「黄いろい水」はK氏賞を受賞しました。共に、象徴的に画面を横切る川が流れています。

    1959年脳動脈瘤が見つかりますが、制作ができなくなる危険性から手術は受けず、郷里中津で一年半の療養生活を送ります。1980年代には右眼の視力をほとんど失い、晩年は左眼も衰えますが制作を続けました。

    心に浮かんだ映像を長い時間をかけて醸成させ、キャンバスの上に写し換えるという糸園の作品は、画面から余計な対象物が排除されて深い陰影に包まれ、静謐でありながら詩情と人間の温かみを感じさせます。

     

    糸園和三郎 『牛』 は東京店にて展示・販売いたします。油彩・パステルなど20数点の糸園作品を所蔵しておりますが福岡店に展示中の作品もございますので、ご高覧ご希望の際はお申し付けください。

     

    https://mizoe-gallery.com/products/detail/1377

    コメント
    コメントする








     
    この記事のトラックバックURL
    トラックバック
    Calendar
         12
    3456789
    10111213141516
    17181920212223
    24252627282930
    31      
    << March 2019 >>
    Selected Entries
    Categories
    Archives
    Recent Comment
    Links
    Profile
    Search this site.
    Others
    Mobile
    qrcode
    Powered by
    30days Album
    無料ブログ作成サービス JUGEM