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2019.05.26 Sunday

【東京店】取扱作家から毎週一作家1点ずつご紹介。 第21回は、児島善三郎(1893年 明治26年 〜 1962年 昭和37年)

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    JUGEMテーマ:美術鑑賞

     

    【東京店】取扱作家から毎週一作家1点ずつご紹介。

    21回は、児島善三郎1893 明治26 1962 昭和37年)

    みぞえ画廊のコンセプト:「流行や時代に左右されない、上質な作品、作家を提供」をもとにセレクトされた取扱作家から毎週一作家、1点ご紹介します。

     

    「田園早春」油彩F4号 1960年頃

     

    明治4519歳で長崎医学専門学校薬学科に入学しますが、画家を志して中退。大正2年、父親の反対を押し切って上京します。美術学校の受験に失敗し、結核を罹患して帰福。5年間の療養の後、家督を弟に譲って再度上京します。病気をしたことで、何が一番大切かを教えられた一方、居宅近辺、自宅の庭、アトリエの人物、静物などのモチーフが多いことは、病弱な体質であったことと無関係ではありませんでした。

     

    児島善三郎の作品はアトリエの場所によって、板橋、代々木、国分寺、荻窪、そして滞欧時代などと分かれています。風景画は戸外にイーゼルを立てて写生を基本としました。大胆な筆づかいは、田園の空気にひたりながらひたすら形を崩して描写的要素を溶かし、その空気の実感を掴み取ろうとしました。

     

    アトリエで描かれた花の絵は、驚くほどくっきりとしています。数日でしぼんでしまう弱い花を、赤、黄、白と力強く明快な色づかいで描いています。鋏で切って思い切りよく花瓶に挿し、形を作り上げた勢いが感じられます。

     

    50代後半、「油彩画は西洋から日本へ移植されたものだが、もうそろそろ日本人の感性にしたがって個性を出すべきである。日本的創造精神によって日本人らしい油彩画をつくりあげればそれが世界的になり、日本の油彩画として独立し、国際的に外国へ働きかけることも不可能ではない。」と語り、世界的視野で創造すべきだと唱えました。

     

    19612月、再び渡欧を決意しますが持病の徹底的治療のため稲毛の額田病院に入院。入院に際して描きかけの旧作100点近くを庭先で焼却したと次男徹郎氏は語っています。翌年3月肝臓がんで死去、69歳。「田園早春」は晩年荻窪時代の貴重な作品で、現在東京店に展示中です。

    ぜひご高覧賜りたくご案内申し上げます。

    https://mizoe-gallery.com/products/list?category_id=101

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