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2019.06.03 Monday

【福岡店】 ―没後80年―野田英夫展を開催しております

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    福岡ではそろそろ梅雨の気配を感じます。新緑も美しくお散歩がてら美術鑑賞はいかがでしょうか。

    みぞえ画廊 福岡店では「―没後80年―野田英夫展」を開催しております。

     

     


    野田英夫については、当ブログでも数回に渡りご紹介しています。1930年代の経済恐慌に見舞われたアメリカの、都会で生きる庶民の生活に目を向け、その哀歓を優しく見つめる画風を展開。アメリカのサンタクララで生を受け、その30年という短い生涯を駆け抜けた夭折の画家でした。今年は没後80年という節目ということで、福岡店にて「野田英夫展」を開催する運びとなりました。

     

    これまでの野田英夫に関する投稿はこちらをご参照ください。


    取扱作家から毎週一作家1点ご紹介。 第11回は、野田英夫(1908年〜1939年)
    東京店にて10月6日から − 生誕110年 − 野田英夫展 がスタートします。

     

     

     

     

    通り雨(ウッドストック ニューヨーク)

    1932年 油彩 51 x 61cm

     

     

    『ストリート・ガール』

    水彩 21.1x16.6cm 1936年

     

     

    『授業風景』

    ペン画 35.7 x 26.2cm 1936年

     

     

     

    野田英夫

    『ミルバレー草上にて』

    水彩 16.7 x 26.2cm  1937年

     

    素描を中心に展示してある作品の中から、一点ご紹介させていただきます。
    1932年に、2歳年下のアメリカ人女性ルース・ケルツと運命的に出会い、24歳の時に電撃結婚をした英夫。結婚後は単身サンフランシスコに住んでおり、これはその時に書いた愛妻ルースにあてたデッサン付きの手紙です。以下は全文訳です。

     

    「今日は、ハイキングをしたミルバレーの風景と私自身の印象を思い浮かべて描いてみました。私はやわらかくやさしい新緑の草原に寝転んでいます。遠くには、サンフランシスコ湾と、最近新しくかけられた橋がみえています。もう約1時間あまり私はそこにいます。私はどこへゆくのも1人です。そして、いつも貴方の事を考えています。たくさんの花を摘み、あの丘の美しい空色の花々の中ですごしたサウサリートでのひと時を思い出します。
    私は1頭の白馬と、あたたかそうな灰色の長い毛をしたラバに会いました。両方ともはじめはあまり友好的ではなく、おい、こっちへ来て一緒に遊ぼうといっても、とても用心深そうにしていました。そこで私は、草をつんで彼らと仲良くなろうと思いました。ようやく馬とラバはやってきて、私のつんだ草を食べました。 
    私は空と草が大好きです。大きな伸びをしてみると、本当に気持ちの良いものです。貴女が私のそばにいないのだという事をのぞけば、全ては、素晴らしい。貴女がそばにいてくれたらと心から思います。貴女に、私の心からの愛とキスをおくります。どうか、あまり悲しまずにいてください。友達と会い、たくさんの本を読んでください。
    今日は散歩に出かけましたか?私は1人ですが、とても幸福で満足しています。私が今穏やかな気持ちでいられるのは、貴女が私のことを思い、愛してくれるのを知っているからです。私は貴方に、以前にもまして愛をおぼえます。今まで私たちのした全ての言いあらそいを忘れます。あれは、ただ、単調な生活をこわそうとするゲームのようなものです。私もほんとうに頑固で、我ままだったことも多くあります。しかし、許して下さい。そして愛して下さい。私にはたくさんの貴女の愛が必要だからです。愛の中にいるということは、本当に素晴らしく楽しいことです。何も苦悶したりする問題はありません。私は全ての困難を打ち負かすことができます。いままでのいつの時にもまして、私は力を感じます。それは、貴女がいつも私と一緒にいてくれるからです。貴女の最愛の夫 英夫」
    (参考文献:窪島誠一郎(1985)「野田英夫スケッチブック」彌生書房)


    左上に描かれた愁いを帯びた表情の女性像はおそらくルース、真ん中にぽつんを佇む姿は英夫自身と思われます。とてもロマンチックで英夫から妻への愛情があふれるような一枚だと思いませんか。相思相愛のような二人ですが、英夫はしばしば妻のもとから離れてひとり創作に打ち込むような時期があったようです。それは英夫自身が、アメリカ人女性の妻と日系二世である自分の間にうずめきれない精神的な溝のようなものを感じていて、絵を描くことでその心の影を感じないようにしていたのかもしれません。妻ルースは、英夫の最期を看取る前に日本からアメリカへ帰っており、ビザの関係でそうせざるを得なかった、または日本語が話せないルースを気遣って周りが帰ることを勧めたとも言われています。

     

     


    画廊の2階では、国内外問わず英夫と関連があった作家たちの作品を展示しております。同じ新制作派協会だった猪熊弦一郎、脇田和やカルフォルニア美術学校時代からの友人である寺田竹雄、その寺田と制作した西銀座のコットン・バーの壁画を大絶賛したという藤田嗣治、熊本の同郷である牛島憲之などを展示中です。

     

    英夫がニューヨークのマディソン街にいたころは、以前にも増して数多くの展覧会のために画廊や美術館をまわって歩いたようで、ピカソ、ゴッホ、エルンスト、ダリなど英夫が美術雑誌に感想を寄稿している展覧会の作家たちも同じ2階に展示をしております。


    野田英夫展は6月9日(日)までとなります。この機会にぜひお越しください。

     


    のだ ひでお/1908年カリフォルニア州サンタクララに生まれる。'11年郷里熊本の叔父の家に預けられる。'26年熊本県立中学卒業後単身渡米。'29年カリフォルニア・ファイン・アーツ入学。'31年ディエゴ・リベラに出会う。ニューヨークのウッドストック芸術村に転居。 '34年ホイットニー美術館に《街頭風景》が収蔵される。'37年パリ・ローマなどを歴訪し日本に帰国。'38年田園調布の猪熊弦一郎留守宅に転居。長野県野尻湖畔滞在中に発病し入院。'39年脳腫瘍により逝去。

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